パヤオ

パヤオのiなんとか発言で色々思うこともあり。
確かに巨大ラジカセを持ってい歩いていた奴らと変わらんかもなぁ、とか。
紙と鉛筆というのが究極なのもわかっているし。

多分誰もがなれるような技術屋の世界ではなく、技を極めて仕事を請け負う職人になれってことなんだろうが。

はじめて紙ができた時に、とびついて利用したヤツはiPadユーザの様に気持ち悪いとか言われたんだろうか?
鉛筆の時代がくると思ってそれ開発した人たちは、自分に肌が合わないからといって大衆にそれを盛大にビラを撒かれたりしたんだろうか?

とか、無駄な抵抗を思ってみたり、みなかったり。

生産者になれっていうのも、人間が生きて行くのにそれがなければならないものを創っているわけではない人がいうセリフか? とか、思ってみたり。

Zaurus、Newtonといったペン入力ガジェットやら、ペンタブレットも使ってみて確かに紙と鉛筆には及ばないのもわかっている。
たかがメモ。
デジタル化する必要もないのかもしれない。

でも、癖になっている悪筆を補正したい…他人が読むのに翻訳を必要としないで済む様にしたい。そこからデジタルガジェットに頼り始めた訳だから、パヤオのいうとおりに向かうためには日ペンの美子チャンに頼るべきだったって事なんだな、とか。

余裕を持って人間観察や風景観察ができれば面白いのだろうが、考え事に集中していると、いつの間にか自分自身の劣等感やら、仕事のプレッシャーやらに押しつぶされそうになる人間には自慰行為に没頭して我を忘れるのがお似合いってこったな、と納得する事にしよう。

パヤオのようにモノ造に没頭できる仕事がしたいもんだ。
正直、客と話しなんかしたかねぇし、金勘定なんかどうでもいい。
じっくり、納得の行くものを造りてぇなぁ…